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教育再生ー幼児教育考察編②ー

昨日投稿した「森のほいくえん」。後編を綴りたい。

私が感銘を受けたのは応対してくれた先生の熱意だった。

ご自身もお子さんを育てていらっしゃるとのことだったので、おそらく30代半ばか。顔立ちのキリッとした、いかにも頼り甲斐がありそうな女性の先生だった。

「聞きたいことは何でも私に聞いてください」から始まって、森の中では子どもの面倒を見ながら熱を込めて話をして下さった。

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印象に残る言葉は「自然保育を、公立の保育園が実践していることにプライドを感じる」。地域の子どもたちみんなに、こういう教育が開かれていることが大事だと仰っていた。

仕事柄、小学校の先生たちともよく連絡を取り合うらしい。どちらかというと小学校の先生たちは「学習意欲が高く、マナーがある子が入学してきてほしい」と考える傾向にあるようだが、園の方針や取組状況をそれによって変に曲げることはなく、むしろ小学校の先生たちにも「言うべきことは言う」姿勢を貫いているとのことだった。

そこは女性の強さなのか、あるいはフィンランド人の芯の強さなのか。

いや、もっと大事なことがあるのかもしれない。

思えば、日本において幼児教育は小学校生活に合わせるように形づくられる傾向にある。どんな子でも小学校に上がったら「お口はチャックで、手はお膝。」それができない「困った子」にならないように、幼児教育の段階からしっかり「順応」することが求められる。

高校入試に合わせて中学校生活が、大学入試に合わせて高校生活が組み立てられているのも同様で、年が上の上級学校に合わせて下級学校の内容が組み立てられるのは、ずっと変わらない我が国の教育基本的構造だ。

根底にあるのは「子どもには将来こういう人間になってもらいたい」という社会や大人の願望。それを逆算していくとこういう教育設計になるのだろう。「ネクストステージを意識して生きろ」という価値観が、子どもたちを取り巻く。

しかし、子どもをセンターに置いた教育を第一とするならば、「今を生きよう」「今を謳歌しよう」がもっと大切にされるはずだ。今を楽しく謳歌しよう。きっとその先に、いい未来がある、というメッセージが今日的にはベースにあるべきではないか。

フィンランドでは2015年からプレスクール制度が導入され、保育園の年長になったら1日4時間ほど、小学校への準備時間が割り当てられるそうだ。いきなり小学校に入って「小1ギャップ」に陥らないように周辺準備が始まる。

だがそれは、小学校生活を保育園生活に強要することではないし、ましてや園の教育方針を小学校に合わせて捻じ曲げることでもない。「今を謳歌」した幼児たちがネクストステージでまた「今を謳歌」できるように、巣立ちを準備する期間だ。決して読み書きを突然やらせる、というようなことではないらしい。

日本でもいま、幼保小の接続は大事な課題だ。幼児たちに何をやってもらうのかは大事。さらにそこにどんな理念があるのか、注目していきたい。

次回は、そうやって小学校に巣立っていった児童たちがどうやって次の「今を謳歌」するのか、考察したい。

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